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未読の『女郎花物語』・・・少し気になる;;

秋の花である女郎花(をみなへし)にも気付かない慌しい毎日を送っていて、少し侘びしくなります。昨日の朝日俳壇(2020年9月13日付 朝日新聞大阪本社版)に、稲畑汀子氏選の女郎花の佳句が掲載されていました。

島山の どこにでも咲き 女郎花(おみなえし) 名和佑介氏(奈良市)の作

「女郎花」と聞くと、なぜか『女郎花物語』という古典のことを想い出します。一度も読んだことがないどころか手に取ったことも見たこともありません。中学新入生の時の学級担任のM先生(国語)に教えて戴いた本の名前です。

M先生は古風な国文学者のような風貌と教え方で、地味ではありましたが、文章の読解法を熱心に説いておられました。正直、その頃は、(ラジオの製作や数学に興味を持っていましたので)文章読解、特に文学作品の解釈が苦手で、現代国語の試験の成績はパッとしないものでした。

「この文章で作者の表したいことは何か?」「この部分を読んで、理解できることは何か?」といった(4~5択の)問題で、自分が読んだ素直な感想で解答すると、大抵は間違っていました。出鱈目に選んだ方が正解になる確率が高いような有様でしたね;;とほほ・・・です(^_^;) 

(上記の点は、あとで大学受験の時に、「作者や自分がどう考えたか」をいくら考えてもダメで、「質問者がどのような解答を期待しているか」を考えるという極意を指南されて、試験の点数だけは取れるようになりましたが、自分自身の内では納得がいかなかったものです。)

それで、M先生には何となく恐れ入っていたのですが、M先生御自身は矢張り中高の教師ではなく大学での研究生活を望まれていたようで、最初の担任一年間で、大学へ移られることになりました。引越しの前日くらいだったでしょうか、友人数人とM先生の御自宅にお別れの挨拶に伺ったところ、自らの国文学の研究についてお話されました。中学生にとっては難しい部分も多々ありましたが、その時に、文系の研究活動の一端と『女郎花物語』という古典のことを教わりました。研究の成果を将来は書籍で出版したいとの希望を仰っておられました。

その後、出版についてはどのようになったのか知りませんし、M先生とは特に交流も無いままです。短期大学の学長になられたというwebの記事がありました。いくつかの専門的な論文もweb上で見つけることができ、五十数年経て、やっと『女郎花物語』がどのような古典であり、M先生が何を研究されていたのかを理解できるレベルになりました。

中学生の頃には、「じょろうばな」と読めることから、何か色っぽい物語なのだろうかと想像を逞しくしていたのですが、恥ずかしい限りです。

このような、あまり学問的でない経緯から、女郎花に親しみを持った次第ですが、それもまた、懐かしく青く楽しい思い出として心の中に残りました。野に咲く女郎花を近所で探してみます。(S.T.) 

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