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自然科学書 乱読

自然科学書を中心に、編集子が個人的に興味深く読んだ本の備忘録です。

掲載するものが、数理科学、電気工学、数学の分野に偏ることは御容赦ください。

① メタ電磁気学 細野敏夫著

日本で刊行された電磁気学の本で、恐らく最もユニークかつ刺激的な内容のもの。

 

著者が電気工学の学会誌や専門誌で論文を発表されていたころから注目していましたが、書籍に纏めるにあたり、電磁気学の公理的展開から始まる全体像を俯瞰した内容も追加されて、より著者の見解を明確に打ち出しておられます。

 

非常に専門的な内容なので、数式を追って細かく理解するのは、かなり難しいと思います。また、筆者独特の説明の仕方がいまひとつ分かりにくいと感じられる読者もいることでしょう。しかし、筆者の見解には、多くの箇所で電磁気学の理解を深めるヒントがあり、目から鱗が落ちる体験を幾度も味わえます。

たとえば、D-H表示とE-B表示の違い、磁気双極子モデルの再検討、相対性理論の誤解、媒体中の電磁気学、ポインティング・ベクトルの扱い、電磁的運動量保存則の問題点などなど・・・。

 

電磁気学(マクスウェル~アインシュタイン)は決して全てが完成した体系ではなく、現在においても、多くの誤解や不適切な説明・教育がなされている学問分野であることが分かります。

電磁気現象に関わる多くの人達に読んで戴きたい名著かつ快著だと思います。

 

A5判248頁 1999年3月1日 初版 

森北出版 定価:(4,600円+税)

② 超限集合論 G.カントル著

素朴集合論の創始者の古典ですが、カントルが周囲からのあまり好意的でない批評に抗して独創的な思考で新しい分野を開拓していった熱気が感じられ、いま読んでもまったく古びていない新鮮な学問の息吹を堪能できる名著。

 

原文はドイツ語なので、和訳(共立出版)と英訳(Dover)で読むしかなかったのですが、カントルが自己の神学と超限順序数とを関連付けて「神の存在証明」(の一端)と見做していたと知って、なんだか神秘的な雰囲気を感じて読み始めたのを覚えています。

 

しかし、私には超限順序数の概念は理解できても、なんだかしっくり納得出来ませんでした。もちろん専門的に集合論を展開する場合は超限順序数を駆使しなければならない訳ですが、リアリティが乏しいように感じるのです。

一方、超限基数の概念はすっきり納得できるのに、それを数学的に扱おうとすると相当な困難が待ち構えているようです。そこをサラッと乗り越えるところがカントルの偉さ。(あくまでも素朴集合論の内の話で、厳密な公理的集合論の観点からは不備を指摘できますが、そういう理論展開のキズはカントルにとっては瑣末なことだったでしょう)

 

結局、有名な「連続体仮説」については、K. ゲーデルやP. コーエンといった後世の研究者によって、ある種の「解決」をみることになります。しかし、それらはカントル自身が望んだような形では未解決のままなのです。

 

本文は比較的短いながらも、新しい学問の創造現場に立ち会ったような感覚を得られる貴重な古典だと思います。数学に慣れていない方には頭痛を呼び起こす内容かも知れませんが、新しいアイデアの創造ということに関心を持つ人には素晴らしい源泉でしょう。

 

功刀金二郎・村田全 訳・解説

A5判192頁 1979年9月30日 初版 

共立出版 定価:(4,200円+税)

③ 近代電気技術発達史

  J.A.フレミング著 岡邦雄 訳

真空管の発明や「フレミングの法則」で知られる英国の物理学者・電気技術者 J.A. フレミングの1921年刊『電気の50年』の1942年の翻訳です。

 

主に電気技術(電気系統と重電機器)の発展史を述べたものですが、刊行当時急速に進展していた電話網や電波通信技術(電子工学)の動向にも注意が注がれています。

 

半導体以前の電気技術の学術資料・歴史本として古典中の古典ですが、内容とは別に、この本の興味のある点は、訳者の名前。

書籍には、奥村正二訳となっていて、岡邦雄の名前は一切出てきませんが、実際の訳者は岡であり、奥村正二氏は名義を貸しただけなのです。この件の事情は、奥村正二『「電気」誕生 200年の話』(築地書館1987年)の序に詳しく記述されています。

 

当時(昭和15年~19年)、いわゆる「唯研事件」や治安維持法絡みで、執筆活動が窮地に陥っていた岡を助けるために何人かの援助者が名義を貸して、岡の原稿を出版していたのです。この本もそのような事情の下、別人名義で刊行されたのでした。

 

奥村正二氏は「治安立法、秘密保護立法とは恐ろしいものだ。名称はなんとでもあれ、ひとたび法制化されると、条文をのりこえ、無制限に拡大実施される。物理学や電気学の本さえ刊行不能にした。」と警鐘を鳴らされている。

 

戦前は、自然科学書といえども自由に刊行出来なかったという歴史を直視したいと思います。

出版に関わる人間として、危うい世の中の動きに注意してゆきたいものです。

 

【無線局のアンテナと当時最先端の真空管技術を解説した本文の一部を写真掲載しました】

 

B5判386頁 1942年12月10日 初版 

科学主義工業社 定価:7円50銭

④ 数のエッセイ 一松信著

数学に対する考え方をいろいろな視点から眺めた珠玉のエッセイ集です。ある程度の数学の知識が無いと読み進めるのが辛いかも知れませんが、筆者の数学に対する冷静かつ穏やかな視線が好ましく思います。

 

また、数学(算数)教育に関して、類書にない、適切な助言やヒントが満載されている「実用本」でもあります。単なる比喩や類似ではない本格的な数学教育論を望まれる方に強くお薦めします。

 

私の書棚の本には裏見返しに「1975.8.1 大学生協書籍部にて購入 即日読了」と鉛筆書きのメモが残っています。当時1日の通読で中味をどの程度深く理解出来たのかは疑問ですが、情熱を持って一気に読んだことだけは確かです。その読後感の爽やかさは今でもはっきり覚えています。

 

最初の章が「数学の難しさ」というタイトルで、『数学セミナー』誌の「エレガントな解答を求む」欄の解答応募者に、トポロジーの問題を正解した小学四年生の女子や、群論の問題を正解した小学五年生の男子などの話題が出てきます。

群論の小学生は、その二年前に、教育テレビで群論を知って、それから勉強している、と書き添えてあったそうです。

 

何を隠そう、私は高校生の時、その群論の問題に自信満々で解答レポートを送って、「典型的な間違い」の例と同じ誤答だったのです。それ以来、数学者には向いていないと自覚し、進路の方向転換をしたのでした。(^_^;)

 

後年、数学教科教育法の講義で一松信先生にお目にかかる機会を得たのも幸いでした。スーツ姿にズック(スニーカー)で教壇に立たれる先生の優しいながらも鋭い語り口は本書の内容と同じ雰囲気だなと感じます。

 

そんなほろ苦い思い出も懐かしい記憶も詰まった本書は、今読み返しても、数学・科学を学ぶ人と算数を教える人にとって、貴重な示唆に富む良書だと思います。

 

B6判201頁 1972年12月25日 初版 中央公論社 2007年 ちくま学芸文庫にて復刊

⑤ 計算図表の書籍

現在では、ほとんど読まれないであろう、計算図表に関する書籍を紹介します。

 

計算図表は関数電卓もPCもない時代(1970年頃以前)に、計算尺とともに、理工系の技術者の必須のツールでした。

 

計算尺での演算は、しばしば桁間違いを生じる危険性がありました。計算図表は、グラフと定規などを使って数値を読み取るので、有効桁数は2桁 前後しかありませんが、安心して概略値を求められるので、計算尺との併用が有効だったのです。

 

花岡一昶 『電子技術者のための計算図表と作図法』(電子展望シリーズ 1969年 誠文堂新光社 1,600円)は、数ある類書の中でもユニークなものです。電子回路設計の計算に特化していること、実用的な図表が詳しい解説とともにB5判ハードカバーの比較的大きな紙面に綺麗な印刷で仕上がっていることが特徴です。

 

1950年代60年代にはエレクトロニクス関連の雑誌に、プロ用アマ用を問わず、計算図表が付録として添付される企画が少なくありませんでした。

 

学生の頃、私も自製の計算図表を幾つか製図した経験があります。その時、一番役に立ったのが(値段が250円と安かったこともあり)柴田直光 『ノモグラムの作り方』(理工文庫No.204  1957年初版 1969年4版 250円 理工図書)です。解説が平易・簡潔、それでいて計算図表の威力を誇示するような素晴らしい例題と、とてもコストパフォーマンスの高い本でした。

 

一般的な計算図表の教科書で著名だったものは、A.S. レベンズ著『計算図表■計算図表の設計技術とその応用』(藤本尚成 訳 1973年 ブレイン図書出版 1,200円)とか本間仁・内田茂男『計算図表・図式計算法』(応用数学講座第6巻 1956年初版 1973年11版 1,600円 コロナ社)だろうと思います。

 

啓蒙書として計算図表概念の普及に貢献したのは、小倉金之助『計算図表』(岩波全書99  1940年初版 1975年第19刷 800円 岩波書店)だったかも知れません。戦前の稿なので、「理論と実践の統一」「数学と技術の統一」「科学的精神の養成」などの言葉が「読者諸君へ」として強調されているのも興味深いです。

 

対数尺(一般に関数尺)の概念は、小中学生には少しむずかしくて、汎用の図式計算法を教えるのは困難かと思いますが、線形尺を使って図式計算法を教える試みもあるようです。(日本数学協会の掲示板による)

⑥ オリヴァー・ヘヴィサイドの伝記

電磁気理論と電気工学・通信技術の発展に多大な貢献をした英国の電気技術者・物理学者であるオリヴァー・ヘヴィサイド Oliver Heaviside (1850~1925)の伝記を紹介します。

 

今ではヘヴィサイドはほとんど忘れられた存在です。物理や電気の専門家でも彼の名前を知らない人が少なくないと思います。

 

「マクスウェルは(電磁気学の基本である)マクスウェル方程式を知らなかった」?という有名な逸話があります。

現在知られている電磁界ベクトルを用いた簡潔で美しい4つの偏微分方程式の組み(ベクトル解析方程式)は、マクスウェル以後に、ヘルツやヘヴィサイド等により、定式化されたものです。マクスウェル自身が扱った方程式は、ベクトルポテンシャルの成分に関する多数の連立偏微分方程式

で、非常に複雑な形をしていました。

 

ベクトルポテンシャルを式の表面から消去して電磁界ベクトルを扱うやり方には、歴史上も理論上も評価の異なる意見がありますが、複雑な偏微分方程式を簡潔なベクトル方程式に表現して、マクスウェル理論の普及に貢献したヘヴィサイドの業績は忘れてはいけないものでしょう。

 

彼は独学で、物理、数学、電気工学を学び、それらを深く理解して、多彩な応用を示しました。

ここでは、彼の業績を詳しく紹介する余裕がありませんので、Wikipediaなどを参照してください。

 

  • 伝送路解析、交流電気理論の構築

  • 電離層の存在の予想(ケネリ―・ヘヴィサイド・レイヤー/ E層)

  • マクスウェル理論をベクトル解析学へ

  • 偏微分方程式の解法理論(”地球の年齢”)

  • 独自の演算子法(微分方程式の代数化)…

 

なお、Wikipediaやポール J.ナーインの伝記あるいは数学・数学史の本に、「ヘヴィサイド演算子法」はラプラス変換の理論とほとんど等価である、という評価がなされていることが多いですが、明らかな誤解です。

 

「ヘヴィサイド演算子法」は数学的証明が脆弱だったものの、その趣旨・本質においては、新しい超関数論であり、「一般微分」の応用法の提唱でした。ヘヴィサイドの意図は、後年、ミクシンスキー演算子法として強固な数学的基盤の上に再構築され、非常に合理的かつ平易な超関数理論として普及しました。

 

"Oliver Heaviside: Sage in Solitude  The life, Work, and Times of an Electrical Genius of the Victorian Age" Paul J. Nahin 1988年 IEEE Press B5変形判320頁 ハードカバー

和訳:ポール・J・ナーイン 『オリヴァー・ヘヴィサイド ヴィクトリア朝における電気の天才 その時代と業績と生涯』 高野善永訳、海鳴社、2012年

 

"From Obscurity to Enigma The Work of Oliver Heaviside, 1872-1889" Ido Yavetz 1995年 Birkhauser Verlag A5変形判334頁 ハードカバー

 

Oliver Heaviside: Maverick Mastermind of Electricity (History of Technology Series) B. Mahon 2009年 IET A5変形判224頁 ペーパーバック

⑦ 技術は自分で創り出すもの

昔のアマチュア用の技術書には、現在では想像もつかないようなレベルの高いものがありました。

 

ラジオ少年だった編集子が個人的に最も強い感銘を受けたのは小沢康『アマチュア無線の測定技術』(1968年8月20日初版1969年5月31日再版 480円 誠文堂新光社)という雑誌(『無線と実験』)の別冊単行本でした。高校生の頃、この本を初めて読んで、エレクトロニクスの世界、計測技術の業界に憧れを持つことになりました。

 

巻頭に「技術は自分で創り出すもの」という若者に対する励ましの文章があり、当時とても感動した記憶があります。この言葉で、自分の電子技術者としての将来が決められたといっても過言ではないでしょう。日本の電子工業界が躍進の活気に溢れていた時代の、単にアマチュア無線家・ホビーイスト向けの激励文ではなく、プロにも通じる心意気だったと思います。

 

内容も、測定器の原理から回路図、製作法、使い方のノウハウにおよび、相当レベルが高いです。数式はほとんど使わずに丁寧に分かり易く解説してあり、実際の(プロ用を含む)測定器の応用法をしっかり理解できる内容になっています。

また、測定器メーカーの宣伝頁も特色のある魅力に富んだ内容でした。

【トリオ、DELICA(三田無線研究所)のPR頁、パノラミック・スコープの記事の頁の写真を引用・掲載しておきます】

 

当時のアマチュア無線の技術書としては、『自作できる測定器』(誠文堂新光社)や古賀忠雄『受信機の設計と製作』(CQ出版社)も、貪る様に読み耽ったものです。

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